病院経営コラム

2024年09月11日

病む人の気持ちに寄り添えてこそ医師―全国自治体病院協議会・望月泉会長(下)


2024年6月13日付で全国自治体病院協議会の新たな会長に就任した望月泉氏(八幡平市病院事業管理者兼八幡平市立病院統括院長)。年間200件を超える手術をこなす外科医である一方、経営難だった岩手県立中央病院を劇的なV字回復に導いた経営者(詳細は『累損57億円からの大改革、「医療・経営の質」高めたデータ分析』参照)でもある望月氏を支えるものは何か。根底には、「病む人の気持ちに寄り添えてこそ医師」との哲学があるようです(聞き手はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長のSachiko WATANABE)。

医療人のあるべき姿「ノブレス・オブリージュ」

――望月先生はなぜ、外科医を志したのでしょうか。

外科は診療科の中でも特にハードワークで、訴訟リスクも高いことから、外科医を志す若い医師は激減しています。仕事とプライベートを両立させることが推奨される世の中ですから、当然の流れなのでしょう。

望月泉(もちづき・いずみ)氏
望月泉(もちづき・いずみ)氏。1978年東北大学医学部卒業。1988年岩手県立中央病院に赴任後、小児外科長、消化器外科長、副院長を経て、2012年同院病院長。同年全国自治体病院協議会常務理事。2018年岩手県八幡平市病院事業管理者兼八幡平市立国保西根病院統括院長。同年全国自治体病院協議会副会長。2020年岩手県八幡平市病院事業管理者兼八幡平市立病院統括院長。2024年全国自治体病院協議会会長。岩手県地域医療構想アドバイザーのほか厚生労働省「新たな地域医療構想等に関する検討会」構成員などを務める。

ただ、私が大学を卒業した当時、外科は花形の診療科で、2割近くの医師は研修先に外科を選択していたと思います。私も救急や命に関わる診療科をやりたかったので、あまり迷うことなく外科医の道を志しました。研修先で苦しむ多くの患者さんを手術し、元気になっていく姿に喜びを感じていくうちに、外科医になりたいという思いは確固たるものになっていきました。

外科の主な要素は「腫瘍」「奇形」「外傷」「炎症」の4本柱です。生まれたばかりの赤ちゃんを診る小児外科から成人の外科まで、大人ではがん、特に肝胆膵を専門にやってきました。

――望月先生は「ノブレス・オブリージュ」や「利他主義」の考え方を非常に大事にしているとお聞きします。どうしてでしょうか。

インタビューする渡辺
インタビューする渡辺

2016年に盛岡で開催した第66回日本病院学会では学会長を務めさせていただき、「医療人のあるべき姿BUSHIDO(智・仁・勇)をもって」と新渡戸稲造の武士道をテーマにしました(当時の開催告知ページはこちら)。その中でも医療人のあるべき姿として、「ノブレス・オブリージュ」の考え方の大切さを指摘しました。

やはり医師にとって一番大切なことは、病んでいる人の気持ちに寄り添うことなのではないでしょうか。最近では医療におけるパターナリズム(介入主義)は批判され、米国流のインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)が重要視されています。確かに、極端に「お医者さんに任せておけばいい」というような考え方や、患者の要望に耳を傾けない医師の姿勢は問題です。ただ、誤解を恐れずに言えば、病んでいる人の気持ちに寄り添うためには、儒教の考え方であるパターナリズムも、ある程度は必要なことだと思います。

――そのようなお考えに影響を与えたのは何でしょうか。

宮沢賢治が『農民芸術概論綱要』の中で述べた「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という文章など、さまざまな先人の言葉からの影響でしょうか。

「こんな病院は必要ない」の言葉に憤り

――経営に関心を持たれたきっかけとして、他病院を見学した際の話がありましたが(関連記事『これからの地域を守れる病院の条件』参照)、そのほか経営に関する印象深いエピソードはありますか。

樋口紘先生が岩手県立中央病院の院長だった頃、累積損失が57億円という非常に厳しい状況にあり、「岩手県立中央病院あり方検討委員会」が立ち上がりました。検討委員会の中では、「このような赤字病院は必要ない。病院を閉鎖して医師を各地に配置すれば地域の医師不足も一気に解消する」というような話も出てきて、樋口先生と私は「そういう言い方はないだろう」と大いに憤りました。

ただ、やはり持続可能な医療提供体制を築いていくためには、自治体病院は赤字でも構わないという考え方は絶対に間違っています。当時は私も良く分かっていなかったのですが、これからの病院の経営者は、在院日数を短縮して診療単価と稼働を上げるというような基本的な経営手法を真剣に学ぶ必要があります。

定期的に病院の管理者研修会などは開催してはいるのですが、やはり関心のない人は出てきませんし、そもそも905病院(厚生労働省「医療施設動態調査」2024年5月末時点)ある自治体病院の半分以上は中小病院。中小病院の経営者は毎日診療に忙しく、研修会に出る時間はないという人もいますが、昨今はオンライン研修などもあります。忙しい先生方も何とか時間を捻出し、経営にも興味を持ってもらいたいと思います。

全国自治体病院協議会の会長就任時のお写真 ※望月先生提供
全国自治体病院協議会の会長就任時のお写真 ※望月先生提供

手術件数年間1000件の2割は自ら執刀

――樋口先生のお話がまた出てきましたが、ほかにも影響を受けた先輩医師はいらっしゃいますか。

外科医としては若い頃、少しでも出血の少ないきれいな手術をやろうなど、さまざまな先生のやり方を真似ました。岩手県立中央病院の副院長兼診療科長だった頃は、消化器外科だけで年間1000件あった手術の2割は私が執刀していました。基本は平日勤務ですが、急患がくれば土日だろうと夜間だろうと手術していたので、ほぼ毎日ですね。家族のことは二の次で、とにかく目の前の患者を治す、そういう時代でした。

今は医師の働き方改革を推進しており、それは今の時代においては非常に大事なことです。今後は効率的な働き方ができるようになって、すべての医療職にといってより働きやすい勤務環境が整うことを願っています。

――激務と重責でストレスも多いかと思います。ストレス解消はどのようにされているのですか。

ゴルフができるシーズンはほぼ毎週、ゴルフをしています。シーズンオフの冬はスキー。今では小学生の孫とスキーに行くのが楽しみの一つです。それ以外にもなるべく歩くようにして、とにかくお体動かすようにしています。

お孫さんと一緒にスキーを楽しむ望月先生(安比高原スキー場ゴンドラ内)※2024年1月撮影、望月先生提供
お孫さんと一緒にスキーを楽しむ望月先生(安比高原スキー場ゴンドラ内)※2024年1月撮影、望月先生提供

――お忙しいところ本日はありがとうございました。

連載◆全国自治体病院協議会・望月泉会長
(上)これからの地域を守れる病院の条件とは
(下)病む人の気持ちに寄り添えてこそ医師


渡辺さちこ(わたなべ・さちこ)

代表取締役社長。看護師として病院勤務後、慶應義塾大学経済学部、米国ミシガン大学で医療経営学・応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。全国1000病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。