2024年09月11日
2024年6月13日付で全国自治体病院協議会の新たな会長として望月泉氏(八幡平市病院事業管理者兼八幡平市立病院統括院長)が就任しました。経営難だった岩手県立中央病院を劇的なV字回復に導いた経営者(詳細は『累損57億円からの大改革、「医療・経営の質」高めたデータ分析』参照)として知られる一方、総務省の地域医療構想アドバイザー(詳細はこちら)としてさまざまな病院の経営支援も行っている望月氏。新型コロナウイルス感染拡大の危機を経て、未だに自治体病院の経営が回復しない状況の中、望月氏は全国の自治体病院は医療と経営の質を高めつつ、「病院間の役割と分担を明確にし、しっかりと地域全体で医療提供体制を守っていく」という考え方が必要と強調します(聞き手はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長のSachiko WATANABE)。
――まずは会長就任の抱負について教えて下さい。
全国自治体病院協議会ではこれまで、役員を12年間務めてきました。私は常々、「自治体病院は赤字でも仕方がない」という考え方ではなく、「医療と経営の質どちらも高めていく必要がある」と考えてきました。
「ただ、現状はコロナ禍を経て、未だに経営状況が回復していない自治体病院がかなり多いという印象です。経常収支もかなり厳しくなってきた。さらには物価高騰で病院の経費も増え続けています。
そうした中での2024年度の診療報酬改定は、プラス改定ではあったものの、その中身がほぼ職員の賃金上昇に充てられています。このままでは、病院の経営は非常に苦しい状況が続くでしょう。そうした中で、自治体病院の経営状態を少しでも改善できるような発信や取り組みを、みんなで考えていきたいと考えています。
――自治体病院にとって、経営状態の悪化が今一番困っていることなのでしょうか。
その根底にある大きな課題の一つが、医師、看護師、薬剤師など医療職の人材不足です。特に地方の雇用が非常に厳しい。その一方、各地で人口減の状況が進んでいるので、病床利用率等も低下傾向にあります。
こうした中ではやはり、病院の機能分化と連携が欠かせません。今後は病院が病院間で競争するのではなく、病院間の役割と分担を明確にし、しっかりと地域全体で医療提供体制を守っていくという考え方が必要です。
――少し遡って望月先生の経営に対する考え方をお聞かせください。望月先生が実際に岩手県立中央病院の経営をV字回復された時は、どのようなお考えで経営改革を推進されたのでしょうか。
病院経営において一番大事なことは、明確な戦略と戦術だと思っています。戦略というのは、例えば「救急車の受け入れを断らない」などの方針を指します。一方の戦術は、このような戦略に対して「どうすれば救急車の受け入れを断らずに済むのか」を考えて、その具体的な方法を現場に落とし込むことです。
「救急車の受け入れを断らない」の戦略に対する一つの戦術事例として、「二年時の研修医に救急隊からの入電を受けるPHSを持たせる」という方法がありました。専門医の先生だと、自分の専門以外は断ったりすることがあるためです。実際、この戦術によって救急車の受け入れ率がかなり向上したということもありました。
2012年の院長就任直後には、「8つのプロジェクトチーム」を立ち上げました。院内の多職種15人くらいで構成されるプロジェクトチームを8チーム立ち上げ、院内における近々の課題についてそれぞれ議論し、その内容を発表会で発表してもらいました。その中で出てきた戦術は、病院運営のさまざまな場面に生かしていきました。
つまり、経営幹部が明確な戦略を示し、それに対する戦術は現場から上げてもらうわけです。ですから、トップダウンとボトムアップを上手に使い分けることは、病院経営における有効な方法の一つではないかと思っています。
――経営へご興味を持たれた経緯を教えて下さい。
経営に卓越した知識と実行力をお持ちで、2000~2006年に岩手県立中央病院の院長をされていた樋口紘先生の影響が大きいです。樋口先生が院長に就任された2000年、私は一診療科長として懸命に診療と手術に没頭していたのですが、ある時、樋口先生と一緒に愛知県の豊橋市民病院と国立長野病院(現・信州上田医療センター)を見学することになりました。
両病院では、医療連携にしっかりと取り組み、いかに在院日数を短くし、救急車を受け入れるかを考えた経営をしていました。樋口先生の問題意識である「急性期病院の経営とは何か」の参考になる事例が多くあり、その見学をきっかけに「病院経営は面白いな」と興味を持ち始めました。
当時の私の認識では、病院経営は病床利用率さえ上げれば良いというものでした。しかし、病院経営に興味を持ち、経営を学んでいくうちに、いかにして在院日数を短くし、一日あたりの診療単価と稼働率を高めるかが重要であるということが分かってきました。
加えて病院見学から学んだのは、他病院と比較することの重要さです。当時、がんのステージ別ベンチマーク分析が行われ始め、がん医療の先進病院から学ぶことも多かった。経営に限らず、病院のさまざまな課題にデータや他病院比較に興味を持ち始め、外科医でありながらそれらを両立させていくという立場になってきました。
――望月先生の経営に関する経験や知見を全国自治体病院協議会の活動にどのように生かしていくのですか。
データに基づいた経営改善の大切さを周知していきます。自病院の経営に関するデータを経時的に追うことの重要性はもちろん、会員病院に診療データを出してもらい、ベンチマークによる医療の質を分析する取り組みも引き続き行っていきます。
また、がん医療の均てん化を目指す有志施設が集って始めた「CQI(Cancer Quality Initiative)研究会」(詳細はこちら)への参加も勧めていきます。約200のがん診療連携拠点病院が実名で診療データをベンチマークし、各病院の改善度を見ていくというCQI研究会の活動は素晴らしい(『過去最高121病院が参加、第16回CQI研究会開催、がん医療均てん化の第一歩は「ベンチマーク分析』参照)。会員制のクローズドな形での実名データ公開は、参加する各病院の医師や経営改善の担当者たちが交流を図りやすい取り組みでもあり、非常に勉強になりました。
――続いて国の政策についてお伺いさせてください。総務省の「公立病院経営強化プラン」についてはどのように評価されますか。
持続可能な地域医療提供体制を確保するため、2007年に「公立病院改革ガイドライン」(詳細はこちら)として出てきて、8年後の2015年には「地域医療構想」を踏まえて「新公立病院改革ガイドライン」(詳細はこちら)となりました。全国の自治体病院がこれらガイドラインに基づき経営改革プランを作ることで、プランが出た当初はそれなりの成果は出たのですが、何年かするとまた元に戻ってしまうという問題がありました。
なかなか構造的に難しいと考えている中で出てきた3回目は「改革」ではなく「経営強化」と名前を変えた「公立病院経営強化ガイドライン」(詳細はこちら)になりました。「改革」というと、前のものを打ち壊して新たに作るイメージですが、「経営強化」であれば今の経営をさらに強化をしていくという考え方。この考え方は非常に理にかなっていると思います。
現在、私は総務省の経営・財務マネジメント強化事業アドバイザーもやっていて、依頼された病院の経営強化やプラン策定のお手伝いをしています。この中で感じるのは、どの病院も経営強化を行う前提にある問題としての医師不足、医師の地域偏在、診療科偏在の問題が根強くあるということです。どうしても地域の中小病院だけでは、医師の確保は難しいと思います。
岩手県では、岩手県立中央病院が1日に12人程度の医師を地域の中小病院へ派遣しています。昨年度は年間4000件くらいの医師派遣になります。やはり、地域の医療を支える上で医師の派遣が非常に重要であるということを考えると、地域の基幹病院である地域医療支援病院における医師派遣は重要ですし、診療報酬で評価すべきだと思います(大学病院本院に限ると、DPC対象病院の機能評価係数IIの中で「医師少数地域への医師派遣機能」が評価対象に加わった。詳細はこちら)。
――地域医療構想の話も出てきましたが、進展が遅いという指摘も多いです。なぜでしょうか。
急性期病床が多すぎて、回復期病床が足りないという状況はあるものの、全体の病床数は減少を続け、総数としての病床数は必要病床数に近づいてきています。ある意味で一つの成功とは言えると思います。ただ、急性期病床と回復期病床の数合わせのような話のままでは、これ以上前には進めないと考えています。
こうした中で厚生労働省は、2040年に向けた「新たな地域医療構想等に関する検討会」(望月先生含む構成員一覧はこちら)を立ち上げました。2024年3月から急ピッチで議論しており、今後もかなり白熱した議論になるのではないかと期待しています。
例えば、今までのような高度急性期、急性期、回復期、療養期の病床の数を合わせるという議論だけではなく、地域全体で医療介護連携をどのように推進していくのかという議論が出てきています。また、2040年には雇用が難しくなり、特に看護師、薬剤師、検査技師などの雇用がかなり厳しくなるというような議論も出てきております。一方で「外来機能報告制度」(詳細はこちら)や「かかりつけ医機能報告制度」(詳細はこちら)の話も出てきたことで、地域住民としてはどこの病院に受診したらいいのか分かりづらく、病棟機能はさておき、病院の機能を明確にする必要があるのではないかという議論もされています。
また、もう少しフレキシブルな医療圏についても議論されています。すでに二次医療圏で医療が完結することはほとんどありません。例えば、秋田県は8つあった医療圏を3つにしたり、岩手県では5疾病6事業別に医療圏を整理したりする考え方が注目されています。一方で介護は日常生活圏域(具体的には中学校区)を単位にしているので、医療介護の連携範囲をどうするのかという議論の行方も気になります。
さらに議論は多岐に渡り、医療DXをどう取り入れるのかというようなことも検討されています。これらの議論をどう計画に落とし込むのかは非常に難しいことかもしれませんが、新たな地域医療構想は今、2040年に向けて一歩一歩前に進んでいます。
連載◆全国自治体病院協議会・望月泉会長
(上)これからの地域を守れる病院の条件とは
(下)病む人の気持ちに寄り添えてこそ医師
渡辺さちこ(わたなべ・さちこ) | |
代表取締役社長。看護師として病院勤務後、慶應義塾大学経済学部、米国ミシガン大学で医療経営学・応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。全国1000病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。 |
Copyright 2022 GLOBAL HEALTH CONSULTING All rights reserved.