2008年07月29日
「忘れられないのは、亡くなった患者さん」
今回は、7月15日のセミナー「医療の質と経営の質」で講演してくださった先生の一人、旭川赤十字病院の牧野憲一副院長にインタビューさせていただきました。近年、医療訴訟の増加などを背景に、リスクの高い診療科をめざす若い医師が減っていると言われます。牧野先生の専門である脳神経外科もその1つです。先生はなぜ、脳神経外科を選ばれたのか――。仕事に対する熱い思いと優しい横顔が垣間見られたインタビューでした。
――先生は1988年から旭川赤十字病院に勤務されているんですよね? ちょうど20年ですね。そうですね。医学部を卒業してからだと30年ほどですが、病院や医療を取り巻く環境は大きく変わりました。まず、制度が変わりましたし、医療の質、治療のレベルという点でも大きく進化しました。
――最近では、患者さんの意識や医学生の意識も「変わった」と言われますよね。昔は、脳神経外科の手術で訴訟は絶対にありませんでした。「手術をしなかったら100%助からないけれど、手術をすれば“助かるかもしれない”」というなかで、患者さんやご家族にとっては、医者は神様のような存在だったかもしれません。だから当時は、ムンテラ(患者さんや家族への説明)が非常に楽でした。でも今は、「治って当たり前」と考えられがちですし、後遺症が残れば“助かった”とは言われない。そういう点で、学生がリスクのある診療科を避けている傾向がありますよね。
――そうですね。 変化といえば、脳死に対する医療のあり方も変わりました。「最初から助かる見込みのない患者さんに対して、どうするか?」という問題です。昔は、たとえ助からないとわかっていても気管内挿管、人工呼吸といった処置をするのが当たり前でした。だから管理の技術は身につきましたが、単に死を先延ばしをしているだけで助けられるわけではない。当時から「助からないのに、なぜ? 必要あるのだろうか?」と疑問に思っていました。最近ではだいぶ変わりましたよね。確実に助からないという場合、最初から不必要な処置はやらなくなりました。
――その場にいるご家族にとっては、「何かやってほしい」という感情があるのかもしれませんが、患者さんにとっては負担になりますしね。
先生にとって、忘れられない患者さんというのはいらっしゃるのですか? いますよ。医者になってから今まで忘れたことのない患者さんが3人います。みな、若いころに担当した患者さんです。
一人は、29歳の男性でした。酔っ払って、自宅で意識をなくされて、150㎞離れたところから運ばれてきた患者さんでした。内頚動脈が詰まっていたのですが、29歳という若さでは普通はありえなかったので、原因の把握にまで至らなかったのですが、飲酒に起因する脱水により血液粘張度が変化したのでは推察していました。結局、その患者さんは亡くなってしまって、解剖をしたところ外傷性内頚動脈解離とわかりました。今の医療であれば助けられた可能性もあるし、今の自分だったら違う治療をしたでしょう。
ほかの2人も、やはり亡くなった患者さんです。覚えているのは、元気に帰っていった患者さんではなく、亡くなった患者さんなのです。
――そうなんですね。やはり医師という仕事は本当にすごいと思います。人の命を預かるわけですから。患者側の視点では、先生のように「亡くなった患者さんほど忘れられない」とおっしゃる先生のほうが“良い先生”であるように思います。ただ、つらいですよね。 やっぱりしばらくは落ち込みますよ。でも、だからこそ、同じ間違いは二度と繰り返さないと思うし、新しい医学・医療を学ぼうとするわけです。
――先生は、なぜ、脳神経外科を選んだのですか?「助けた」という実感が大きいからでしょうか。自分が手術をした患者さんが助かって「ありがとう」と言われれば、「やった!」と思いますしね。満足感があるわけです。その分、急患が気になって、なかなか気が休まらない日々ですが…。電話がかかってくるんじゃないかと気になるので、完全に開放されるのは外国にいるときくらいでしょうか…。
以前にいた病院では、人口20万人程度のところに脳外科医が2人のみだったので、月25日くらい病院に泊まったこともありました。当然、子どもともほとんど会えない。
でもね、3人目に女の子が生まれたときには、お風呂に入れるために毎日帰っていたんですよ(笑)。
――周りのスタッフの方々は、先生が一旦家に帰る理由を知っていたのですか? いや、知らなかったはず。娘は特別可愛いですから、なんとか他の医師に仕事を代わってもらって、お風呂の時間だけは確保していたんです(笑)。
――なるほど! でも、月25泊というのはすごいですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。—–
広報部 |
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