GHCブログ

2008年10月10日

“出会い”と“原点”

広島市立広島市民病院●高倉範尚副院長



9月30日のセミナー「医療の質と経営の質 vol.3」で演者のお一人として登壇くださった広島市立広島市民病院の高倉副院長。セミナーでは、テーマであるDPC環境下の医療の質と経営の質について話していただきましたが、先生のお人柄を探るべく、突撃インタビューをさせていただきました。リーダーシップの裏にある、人を大切にする姿勢を垣間見たお話でした。

――病院のホームページを拝見させていただいたら、自己紹介のページに非常に素敵な笑顔で載っていらっしゃいますね。そして、診療に際して心かけていることとして2つ挙げていらっしゃいました。

 はい、ベッドサイドと原点回帰の2つでしょう。

――この「医師になった原点」というのは、具体的にはどういった気持ちがこめられているのですか?

 大学の医学部を受験するときに志望動機として書いたのは、2つ下の妹を生後10ヶ月ほどで亡くしたので、医者になって一人でも多く人を助けたいと思ったということ。ただ、医者だった叔父の家には大きなテレビがあり、ピアノがあり、生活レベルの違いを子どもながらに感じて、いいなと思ったことも事実ですが…。  そんな不純な動機もあって医学部に入ったものの、今までを振り返ってみれば、“出会い”と“原点”がやはり大切だなと感じます。医者になった当初は誰しも、ベッドサイトで患者さん一人ひとりの話を聞くんです。ところが、仕事に慣れると忘れてしまう。  たとえば、腹痛を訴えている入院患者さんに対して、ちゃんと問診や触診をせずに鎮痛剤を投与する、そういう人はいい先生ではありません。ベッドサイドに行って患者さんの話を聞いて、おなかを触って判断する、そうでなければ何が起きているかはわかりません。そういう原点を常に忘れないこと。

――高倉先生にとって、憧れの先生はいらっしゃるのですか?

 憧れの女性は吉永小百合さんですが…(笑)。  今の自分に影響を与えた先生は3人います。一人は医師ではなく、小学校5、6年のときの担任の先生。その先生は、理科の実験で、テーブルにアルコールをまいて実際に点火しました。みんなびっくりして逃げ出そうとしたのですが、先生はテーブルが燃えないことを説明してくれました。爆弾のようなものも実際に作ってくれたし、「ものには理がある」ことを実感として教えてくれた先生でした。  二人目の先生は、研修医時代の先生で、本物を求める姿勢を教わりました。納得のいく医療を、決して妥協せずに貫く人。  そして3人目の先生は、市中病院を経て大学に戻ったときに出会った、肝胆膵外科の先生です。その先生からは、creationの心を教わりました。  今でも、手術適応を決めるとき、手術後に迷ったときに、「2人の先生ならどうするだろう?」と考えます。いまだに超えられない先生ですが、2人から教わったことは後輩にも伝えていきたいですね。また、私にとっての3人の先生のように、誰にでも出会いは用意されていると思います。ただ、自分が感性を磨いていなければ、いい出会いはできません。

――先生が最初に挙げてくださった“出会い”と“原点”は、患者さんにとってはまさにそうですよね。患者さんにとっては担当になった医師との出会いによって運命が左右されるわけですから。

 患者さんにとって、医師との出会いは、まさに「by chance」。本来は選べるシステムにしなければなりませんよね。今、医療界でも情報公開が進みつつありますが、病院はさらに情報を出していかなければならないと感じています。  医療はあくまでも患者さんのためのもの。そのためにわたしたちは何ができるかを考えるべきです。「業務規定外なので」といって決められたことしかしないスタッフもいますが、業務はニーズに合わせて変わるものです。皆が「for patient」を第一に考えて行動することが大切です。


広報部
広報部

事例やコラム、お役立ち資料などのウェブコンテンツのほか、チラシやパンフレットなどを作成。一般紙や専門誌への寄稿、プレスリリース配信、メディア対応、各種イベント運営などを担当する。