病院経営コラム

2020年12月09日

「病床逼迫のなぜ」示す深刻な専門医配置のミスマッチ―医療崩壊の真実(1)|渡辺 さちこ

新型コロナウイルス第3波が到来し、12月9日現在、国内の感染者数は1日あたり2000人前後で、過去最高レベルの水準で推移しています。累計死亡者数も2000人を突破しました。

こうした中、当社の医療ビッグデータ分析の技術とノウハウを用いて、データから読み取れるこの危機的な状況の「真実」を広く国民に伝えるため、新刊『医療崩壊の真実』(出版元:エムディーエムコーポレーション)を12月23日に上梓することを決めました。

本連載コラムの初回は、『医療崩壊の真実』の中から「医療の需要と供給のミスマッチ」の構造的な問題を示す、ある衝撃的な図表を解説します。欧米と比べて桁違いに感染者数が少なく、桁違いに急性期病床が多い日本の「病床逼迫のなぜ」の一つとして、深刻な専門医配置のミスマッチが浮かび上がってきます。

37%は1人専門医体制

こちらの図表をご覧ください。これは東京都内で、集中治療専門医がいる41の医療機関の専門医数(日本集中治療医学会より)、ユニット病床数(ICU:集中治療室、HCU:高度治療室、ER:救急救命室)を一覧にしたものです。

日本集中治療医学会によると、集中治療専門医がいる施設は全国で493なので、東京には集中治療専門医が在籍する医療機関が8%と1割弱も集中していることになります。それだけを聞くと、これだけ体制が充実していれば、都内の新型コロナ重症患者を受け入れる体制は万全であるような気がするかもしれません。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。この表の中の「専門医数」というところに注目してください。「1」という数字が目立つのではないでしょうか。そう、この病院には確かに集中治療専門医はいるにはいるのですが、1人単独医師なのです。

ICUで術後集中治療が必要ながん患者など平時の集中治療体制ならば外科医が主治医として連携し集中治療専門医は1人でも対応できるかもしれません。しかし、新型コロナウイルスのような感染症の場合、もしECMO(体外式膜型人工肺)が必要な重症患者が運び込まれてきた場合、24時間365日、ECMOを扱える医師が必ずベッドサイドに1人は必要になるので、たった1人の集中治療専門医ではぶっ続けで働き続けることはできません。

このような危険のある「集中治療専門医の1人体制病院」が41病院の中でどれくらいを占めているのかというと15病院です。つまり、東京都には、コロナの超〜重症患者の受け入れに適しているはずの病院(ICUがあって、集中治療専門医がいる病院)が41病院ありながらも、実態としては、その約37%は一人の専門医に支えられている病院だったのです。

問題の本質は「専門医の分散」

不測の緊急事態に備え少なくとも2人以上の集中治療専門医の配置は必要という視点で考えれば、実際は6割にあたる26病院が東京都のコロナ重症患者受け入れの本当の「実力」といえるかもしれません(本分析にはコロナ重症患者を治療する救命救急医、麻酔科医、心臓血管外科医、呼吸器外科医などについては、病院別で医師数を把握できないため含めていません)。

さらに、専門医がいるすべての医療機関がコロナ患者受け入れ機関として手を上げたわけでもありません。コロナの治療体制が他の自治体よりも盤石だと言われている東京都ですら、このような状態なわけですから、他の自治体はさらに深刻な状況であるでしょう。

ここで、「問題の本質」はというと、日本のこの状況は、多すぎる急性期病院数が「専門医の分散」に拍車をかけているという実態があるということなのです(多すぎる急性期病床数については『医療崩壊の真実』の中で詳しく解説します)。

イギリスはECMOの救命率が日本の倍

人口が日本の半分である6700万人のイギリスでは、ECMOで治療する施設を国策として国内6施設に限ってセンター化しています。つまり「医療の質」を担保するため医師も患者も「集約化」しているのです。

2009年に新型インフルエンザのパンデミックが起き、日本でもECMOを使って治療しましたが、救命率は36%でした。一方、イギリスのECMOの救命率はその倍の72%(済生会宇都宮病院の救命救急センター長で日本集中治療医学会「ECMOnet」の統括ECMOコーディネーターを務める小倉崇以医師のコメント=2020年4月18日配信『ニューズウィーク日本版』の「新型コロナ:ECMOの数より、扱える専門医が足りないという日本の現実」参照)と大きな差があると言われています。

日本では、集中治療専門医でもECMOを扱える医師数が限られるので、医師と患者の「集約化」がコロナ重症患者の救命率を上げる施策となるでしょう。

今回は都内の専門医・ユニット数の分析のみご紹介しましたが、これら多数のデータ分析や詳細については、『医療崩壊の真実』をご覧ください。

渡辺 幸子(わたなべ・さちこ)

株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業。米国ミシガン大学で医療経営学、応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て、2003年より米国グローバルヘルスコンサルティングのパートナーに就任。2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。これまで、全国800病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。著書に『患者思いの病院が、なぜつぶれるのか?』『日本医療クライシス「2025年問題」へのカウントダウンが始まった』(幻冬舎MC)など。


広報部
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事例やコラム、お役立ち資料などのウェブコンテンツのほか、チラシやパンフレットなどを作成。一般紙や専門誌への寄稿、プレスリリース配信、メディア対応、各種イベント運営などを担当する。