2020年01月29日
岩瀬 英一郎(グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン コンサルタント)
「入退院支援センター」や「患者サポートセンター」などの名称で、外来時点から退院までの患者の流れを管理する「PFM(Patient Flow Management)」が注目されています。入院医療の最適化を目指せる仕組みと期待されているからです。ここ数年で入退院支援センターの導入や見直しを行う急性期病院は急増していますが、その一方で成果が出ていない病院も多数見受けられます。本稿では、入退院支援センターが注目される背景や役割、期待できる成果などを確認した上で、成果が出ない病院が確認すべき10の視点について、(1)入院前にすべき6つの質問(2)失敗しない退院支援4つのステップ――の大きく2つに分けて整理し、解説します。
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入退院支援センターの成功事例として全国的に知られる佐久総合病院・佐久医療センター。同院が主催する超人気のセミナー「入退院支援セミナー」をご存知でしょうか。
同院の入退院支援センターを成功に導いた西澤延宏・副統括院長兼副院長を筆頭に、現場担当者ら3~4人が講師として登壇。その成功要因について、一泊二日でみっちり学ぶという内容です。2018年4月の初回から毎年四半期ごとに開催しており、一人2万5000円と比較的高額なセミナーながら、毎回、数日で完売してしまいます。
好評の背景にあるのは、2018年度診療報酬改定で新設された「入院時支援加算」(退院時1回200点、図表)です。
現在、増えすぎてしまった急性期病床の最適化に向けて、診療報酬の厳格化や地域医療構想などの政策が推進されていることは言うまでもありません。GHCでは、以前から急性期医療の最適化に向けた病院経営の戦略の一つとして、入退院支援センターの設置、つまりPFM導入の重要さを指摘してきました。新設された「入院時支援加算」は、まさにこの入退院支援センターの取り組みを評価する診療報酬で、西澤氏は「院内では『PFM加算』と呼んでいる」としています。
では、病院経営の改善を考える上で、入退院支援センターにはどのような側面があるのか――。
入退院支援センターなどPFMの起源は、東海大学病院が社会的入院や入院未収金の患者対策を目的に始まったとされています。ここで着目すべきは、病院経営の新たなマネジメントの概念の一つとして、「患者の流れ」を持ち込んだことです。
一般的な企業経営も含めて、組織マネジメントにおいては、経営資源(病院では医療資源)であるヒト・モノ・カネ・情報の確保が最重要とされています。自病院や周辺の医療機関の経営陣の言動を思い起こすと、「医師や看護師の確保を」「最新の医療機器の整備を」「診療報酬改定の最新情報を」と躍起になっている姿が浮かんでくることでしょう。ただ、病院の経営環境が厳しさを増している今、経営資源の確保というステップの先にある概念として、より質が高く効率的な運用をするための「患者の流れ」のマネジメントも非常に重要になってきています。
最も広義のPFMは、「医療」から「介護・生活支援まで見据えた地域包括ケアシステム」の「ケアサイクル」をマネジメントする概念と言えます。逆にPFMの最小単位は、入院してから退院するまでの治療とケアを計画した「クリティカルパス」。このケアサイクルからクリティカルパスまでの患者の流れを最適化できるという側面が、PFMが注目される理由です。
「患者の流れ」の概念で病院経営を見直すと、一人の患者の入院から退院までの業務が院内で分断されており、複数部門の複数の職種がかかわっていることが見えてきます(図表)。業務としては、「紹介予約」「入院前スクリーニング」「病床管理」「後方連携」とそれぞれ分かれており、これらにかかわる職種も「事務」「看護師」「メディカルソーシャルワーカー(MSW)」とバラバラです。
改めて患者の流れを見直すと、PFMという「司令塔」なしに、業務に漏れがなく、ダブリがなく、滞りなく遂行することは不可能に思えます。経営管理の観点でも、業務改善指標(KPI)が複数存在することになり、ややこしいばかりではなく、本質的な課題を見誤る原因にもなりかねません。
退院困難患者をスクリーニングするという観点においても、PFMという「司令塔」が存在することの意義は大きいです。
業務や担当職種や部署がバラバラになることの最大のデメリットは、患者の状態や付加情報をしっかりと院内で共有できないこと。検査の重複などなら医療費のムダやムラという話で済みますが(病院経営という視点では重大な課題です)、手術の中止や退院日の延期などになれば、医療の質を引き下げることにもつながりかねません。医療の質を向上させるという側面から考えても、スクリーニングの一本化はぜひ行っていただきたいです。
組織横断型で窓口とスクリーニングを一本化するという側面に魅力を感じ、PFMを導入あるいは強化している病院は急増しています。ただ、全国の病院を回っているコンサルタントの立場から言わせていただくと、成功している病院と失敗している病院が見事に二極化しているのが現状です。
理由は明確。成功している病院はしっかりとした目的意識を持って推進しており、失敗しているは、目的が不明確なままで「注目されているから」と流行りに乗って本質を見誤っていることが多いからです。
当たり前のことですが、PFMのようなソリューションはすべて、解決すべき課題があるから成り立ちます。極端なことを言えば、課題を解決できれば、ソリューションは何でもいいのです。実際、優良な病院経営で有名な小牧市民病院では、PFMの組織がないままで、見事な病床管理を実践し、PFMが本来果たすべき役割を果たしていました(参考記事『外来から患者の入退院を支援するPatient Flow Management(PFM)が急性期病院の将来を救う』)。
PFM導入の目的を明確にするにはどうすればいいのか――。まず、我々が考えるPFMの2つのパターンのどちらに自病院が属するかを、明確にすることをおすすめしています(図表)。
横軸を患者像、縦軸を問題事象として、自病院では何がボトルネックになっているのかを整理すると分かりやすいです。
例えば、予定患者が多い病院で、待機手術の解消や土日入院の促進が課題になっているのであれば、ボトルネックとなっているのは手術適用を決定してから術日までのオペレーション。この場合のソリューションは、入院業務の外来化になります。
逆に救急患者が多い病院で、退院調整が困難になっているのであれば、ボトルネックは退院支援であり、ベッドコントロール(病床管理)を一か所に集約することが求められます。退院支援は院内の状況だけではなく、退院先である連携する医療機関の状況も大きく関係してくるので、その点も含めて検討することが必要でしょう(こちらの詳細は後述します)。
こうした課題を明確にできなければ、成果は期待できません。
それでは改めて、PFMの導入や見直しで、結果的にどんな成果が得られるのかを確認します。
まずは先に触れた通り、業務の漏れやダブりが解消され、効率的で円滑な患者フローを実現するとともに、複数部門のKPIにずれが生じなくなることです。「患者の流れ」という概念で院内を再編することで、経営資源の確保の先にある経営資源の効率化にステップを進めることができます。
経営資源の効率化で得られるまず着目すべきメリットは、収益の改善です。
入院医療の外来化を推進することで、関連加算の算定を最適化し、入院医療の収益を最大化するとともに、コストも下げることができます(図表)。外来についても、これまで入院してから行っていた検査を外来に移行することで、検査の収益が増加。入院、外来のいずれも損益分岐点が下がり、利益が出やすい体質に改善する可能性が高まります。
また、満床のため救急患者の受け入れを断っていた病院であれば、外科系患者であれば、入院医療の外来移行で術前日数が短くなり、これまで断っていた患者の受け入れが可能になり、新規入院患者の増加につながる可能性も大きく高まります。ただし、本稿では詳しく述べませんが、地域連携の強化による集患とセットで実施しないと、空床が増えて収益減にもつながりかねませんので、注意が必要です。
また、これまで入院医療で行っていた術前検査などを外来で対応することで、早期に医療の安全性を担保することができます。
先にも触れましたが、スクリーニングの一本化による情報共有強化で、患者対応の抜け漏れの防止ができ、入院後検査や休薬指導忘れなどによる手術中止が減少。在院日数短縮や退院後のADL(日常生活動作)を高めて患者満足度の向上が期待できます。
実際、PFM導入の目的を明確にして入院医療の最適化を推進してきた病院では、大きな成果を残しています。
詳細については以下の事例に譲りますが、外来時の入院支援においては、年間数千万円の増収効果、手術中止や延期の大幅減少、入院医療にかかわるスタッフの業務負担を軽減させ、着目されている働き方改革を同時に実現させた事例もあります。
退院支援やベッドコントロールにおいては、年間数千万円増収および看護師の残業大幅減、急性期医療への取り組みを評価する「機能評価係数II」で全国トップクラスにランクイン、改善風土が根付き黒字転換に結びついた事例などがあるので、ご確認ください。
では具体的なPFMの推進方法はどのように行うのか――。軸になるのは、「入院時支援加算」であると前述しました。この入院時支援加算が、点数の低い加算であると思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。入院時支援加算を算定するために必要な関連加算をすべて取得することができると考えれば、かなりの経営的なインパクトを与えられる可能性があります。つまり、入院時支援加算は「入口」なのです。
入院時支援加算の具体的な算定要件を見ると、入院の予定が決まった患者に対し、入院中の治療や入院生活に係る計画に備えて、入院前に▼身体的・社会的・精神的背景を含めた患者情報の把握▼褥瘡に関する危険因子の評価▼栄養状態の評価▼持参薬の確認▼入院中に行われる治療・検査の説明▼入院生活の説明▼退院困難な要因の有無の評価――を含めた支援を行い、「入院中の看護や栄養管理等に係る療養支援計画」を立て、患者・関係者と共有することとなっています。
予定入院症例に対して、上記の算定要件にある把握したい情報をしっかりと把握すれば、関連加算を算定することも可能です。しかも、関連加算は一つや二つではありません(図表)。
例えば、図表の「Q3:既往等は?」にある「Q3-1」の特別食加算。特別食加算は、入院前に併存症の把握ができていれば、入院初日から漏れなく算定できます。治療食が必要な症例に入院時からしっかりと特別食を提供することは、医療の質の点でも重要です。対象となる特別食の中でも、特に、腎臓食、肝臓食、糖尿食、胃潰瘍食(流動食を除く)、貧血食、膵臓食、脂質異常症食、痛風食、てんかん食などを、入院日から漏れなく提供するためには、外来で慢性疾患の併存症の把握が欠かせません。
GHCが持つデータでベンチマーク分析したところ、ある病院では「外科の消化器系疾患・手術あり」だけで年間約80万円、「整形外科の筋骨格系疾患、外傷・手術あり」だけで年間約190万円、「泌尿器科の腎・尿路系疾患・手術あり」だけで年間約50万円と、これだけで合計320万円の増収ポテンシャルがあることが分かっています(関連記事『特別食の入院前対応だけで300万円超の増収ポテンシャル、 外来時に把握すべき6つの質問とは』(「LEAP JOURNAL(会員制レポート)」より)。
図表にある6つの質問と情報共有を着実に行い、入院時支援加算をただの加算として考えるのではなく、関連加算をしっかりと算定するためのツールとして有効活用してください。
引き続き、退院支援について確認していきます。失敗しない退院支援を実現するためには、4つのステップ(図表)を意識することが重要です。
退院支援においても、引き続き入退院支援センターが担うPFMの機能がカギを握ることは変わりません。ここで意識すべきことは、入退院支援センターと病棟スタッフの役割分担を明確に分けて、そのための組織整備と人材育成をしっかりと進めていくことが重要であることです。
入退院支援センターは、いわばPFMの司令塔。司令塔として院内全体のデータと患者の流れを把握した上で、どこに課題やボトルネックがあり、それらをどう解決していくべきか――。その具体的な対策を決め、院内へ広めていく役割を担います。そのような役割であることを担当者が理解して動くことはもちろん、院内の関係者も同じ認識である必要があります。そのため、入退院支援センターにはエース級の人材を投入し、育成していくことが欠かせません。
病棟スタッフは、入退院支援センターが発信する情報の意味を理解して、しっかりと記録業務を現場で行う必要があります。入退院支援センターの担当者の頑張りだけでは、本来あるべき成果は望めません。病棟のスタッフにも、PFMという考え方がなぜ必要なのか、どのKPIを追いかければいいのか、そのために自分たちは何をすればいいのか――ということ教育していくことは非常に重要です。「記録を書くのは入退院支援センター」というような病棟スタッフの意識では、その病院のPFM導入の成果は目に見えています。
人材育成と組織整備ができたら、あとは運用です。運用でカギを握るのは、スクリーニング後の「後追い」です。
入院時の6つの質問でしっかりとスクリーニングをすることが重要であることは前述しました。ただ、ここでスクリーニングしたからといって、その後の「後追い」ができていなければ円滑な退院支援に支障をきたします。入院後に改めて退院調整が必要になる患者を「後追い」でスクリーニングし、継続して患者の状態を把握していくことが欠かせません。退院支援の成功例として全国の病院から注目される上都賀総合病院によると、「スクリーニング後のアセスメントとなる入院時退院支援カンファレンスが一番重要(中略)おそらく、どこの病院でも退院調整の課題は、ここにあるのではないでしょうか」としています(関連記事『退院支援の要はスクリーニング後の「後追い」、注目の上都賀総合病院PFMセンターのキーマンに聞く』)。
しっかりと「後追い」した上で、退院が近づいてきたら、退院および転棟などの意思決定を実施するカンファレンスを行います。ここでは本人の意思はもちろん、家族がいればその意向も踏まえた上で、他院および転棟に向けた意思決定を行います。
退院に向けてもう一つの重要な視点は、退院後に在宅復帰をする患者であれば、ケアマネジャーなどの在宅支援者を交えた退院支援のカンファレンスを開くことです。後述しますが退院患者は在宅復帰して自宅療養に移行することがほとんど。自宅療養を行う上での要となるケアマネジャーとの情報共有は必須事項といえるでしょう。
退院先はいくつかありますが、まずは大きく3つの流れを意識しておくといいでしょう。
先にも触れましたが、退院先のほとんどが自宅療養になります。病院にもよりますが、自宅療養は8割くらいになる(図表、ある病院の退院先別分析のデータ)ので、ここの対策をしっかりとすることが重要です。これら患者のほとんどが、循環器や泌尿器の疾患を抱えています。
まず欠かせないのは「診療情報提供書」をしっかりと出すことです。またこちらも前述したケアマネジャーとの連携は必須です。要介護認定をするのであれば、認定を受けるまでに1か月くらいはかかるというパターンが多いので、退院して自宅療養することが決まったら、なるべく早くケアマネジャーと連携を取るように心がけましょう。
次に全体の1割程度ですが、他院の回復期や療養期の病床への転院についてもおさえておきましょう。こちらは脳梗塞などの脳神経外科や大腿骨骨折など整形外科の患者がほとんどかと思います。脳神経外科の患者の場合はリハビリテーション病院との連携、整形外科の患者の場合は高密度なリハビリをしないのであれば地域包括ケア病棟がある病院との連携が主な流れになります。地域の連携先病院の病床機能をしっかりと把握した上で、どの症例ならどの連携先という患者の出し先を明確にしておくことをおすすめします。
それ以外の老健施設や介護施設などの福祉施設は、多くの場合、福祉施設からの急変で入院してくるパターンが多いです。つまり、退院調整が見えてきたら、元いた福祉施設へ戻ることがほとんど。戻り先は決まっているので、自宅療養とほぼ一緒の対応と考えておいていいでしょう。
退院支援に役立つ各種書類は、各都道府県や職能団体が作ったものがインターネットを通じて簡単に手に入ります。地域性や用途などに応じて選択してください。ここでは代表的な書類として、「東京都退院支援マニュアル」と、前述した上都賀総合病院でも活用している日本介護支援専門員協会と栃木県看護協会が協力して作成した「入退院共通連携シート」をご紹介いたします。
話題のPFMですが、課題や目的が明確でなければ、貴重な時間を割いて行う努力が無駄になります。急性期病院にとって、入退院支援センターがPFMの機能をしっかりと担えることは、重要な経営課題の一つであることは間違いありません。これを機に是非、「機能するPFM」の推進に向けた一歩を進めていただければ幸いです。
病床戦略、財務分析、地域連携支援などを得意とし、全国の医療機関で複数の経営改善プロジェクトに従事する。入退院支援センター開設支援(PFM:Patient Flow Management)のプロジェクトではリーダーを務める。主な執筆記事『退院支援の要はスクリーニング後の「後追い」、注目の上都賀総合病院PFMセンターのキーマンに聞く』
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