2023年11月08日
知られざる病院経営の裏舞台にスポットを当てる本企画「Story」。今回は、加賀市医療センター(石川県加賀市、300床)のリハビリテーションセンター総括主任を務める理学療法士の豊田多喜子さん。
「募集を見て、すぐに応募しました」
豊田さんは、同院で2022年4月から2023年3月まで行われた「人財育成プロジェクト」の第一期生。院内の職員へのメンバー募集の案内を見て、すぐに応募しました。
人財育成プロジェクトは、当社のコンサルティングメニューの一つ(詳細はこちら)。データ分析の進め方、各診療科に改善提案するための資料作成手順やプレゼンテーション方法などを学び、院内の経営改善を推進する中心メンバーを育成するプログラムです。メインとなる分析ツールは「病院ダッシュボードχ(カイ)」を用います。このプログラムを受けた第一期生たちは、クリニカルパスの改善や加算・指導料等の最適化などを推進し、わずか1年で年換算3700万円以上の経営改善に貢献しました(図表1)。
ただ、メンバー育成は簡単ではありません。メンバーは通常業務もこなしつつ、慣れない経営分析や資料作成、他部署とのコミュニケーションなども行います。プログラムの範囲外で自己研鑽の時間が必要なこともあります。
それでも豊田さんがメンバーに手挙げしたのには、理由があります。
「理学療法士として、患者の回復をサポートすることは、当然のことです。ただ、患者に満足してもらうには、理学療法士としてのアプローチ以外にも何かあるのではないかと思ったんです」
豊田さんが理学療法士の道を志したのは、幼少期にご家族がリハビリテーションを必要とする大きな怪我をしたことがきっかけ。ご家族の回復を懸命にサポートし続ける理学療法士の姿に尊敬と憧れを感じたのです。やがて自らが憧れの理学療法士になり、数々の患者をサポートして視野も広がる中で、「今まで以上に『患者中心の医療』を推進したい、そのために自分は何ができるのだろうか」と考えるようになりました。
加賀市医療センターは、加賀市民病院と山中温泉医療センターが2016年に統合して新設された病院です。今でこそ病院統合の成功例として取り上げられることも多いですが、統合前は医師など医療従事者を十分に確保できず、緊急搬送の4分の1を市外の病院に頼る状況でした。統合後の緊急応需率は99%という状況ですが、一方でまだ経営改善の余地はまだまだあります。コロナ禍後の経営はどうなるのか。経営が厳しくなれば、病院の持続可能性も危ぶまれる。それは「患者中心の医療」に反する。そのために自分は何かできないか――。
統合前から同院に身を置く豊田さんは、理学療法士という枠を超えて患者の満足度を追求したいという思いと、持続可能で患者のためにあり続ける病院に寄与したいという思いが重なり、今回のプロジェクトメンバーへの手挙げに繋がったようです。
経営人財育成プログラムに寄る改善効果は、経営上の数字では分からない部分でも表れてきました。
まずは経営人財育成プログラムメンバーとの交流です。メンバーに応募したのは院内の有志18人(看護師5人、事務4人、医師3人、理学療法士2人、薬剤師1人、放射線技師1人、臨床検査技師1人、栄養士1人=図表2)。これまで交流の少なかった部署、年代の職員たちとの議論を通じて、多くの同僚たちが専門職としての仕事を超えて「もっと患者中心の医療を推進したい」「病院の存続に貢献したい」との思いを抱いていることを知りました。豊田さんらプロジェクトメンバーの思いは、徐々に院内に浸透していきました。
経営人財育成プログラムメンバーが、職員たちの潤滑油のような役割を担いつつあることも挙げられます。
メンバーたちは、改善提案を片手にいくつもの診療科を回りますが、診療科の中には「全く経営改善に興味がない」ように映る職員もいます。ただ、度々メンバーたちが顔を出していると、医療現場の職員の中には、「どうやって自身の問題意識を伝えたら良いのか分からない」という人もいることが分かってきました。そのような職員とも何度か言葉を交わしていくと、やがてコミュニケーションができるようになり、「そこに問題意識を感じていたのか」「その視点はなかった」というような意見や視点を拾えるようにもなりました。
また、ある時は他部署に指摘したいことがあるけれど、それを言えないという職員から「代わりに言ってもらえないか」などと頼まれることもありました。さまざまな立場の人たちが、さまざまな部署に改善提案をするプロジェクトメンバーの取り組みが、「言い出しにくい何かを誰もが言っても良い」「改善したいことを共にプロジェクトメンバーと考え、伝えてもらおう」という環境や風土を醸成することにも繋がりました。
第一期生の経営人財育成プログラムが終わり、2023年4月から第二期生の育成プログラムが始まりました。今期は二期生の講師も務めるようになった豊田さんは、今後の目標について次のように語ります。
「今回の取り組みを通じて、当院が存在し続けるという大前提の中で、理学療法士としての自分は何ができるのかということを、改めて考えました。人口減少という大きな流れの中で、当院が今向き合うべき課題として集患があります。例えば、フレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)をどう予防すればいいのかを広めていくことが、患者中心の医療の推進でもあり、集患という課題にも貢献できるのではないか、というようなことを意識するようになってきました」
患者中心の医療を提供するには、どうすればいいのか――。理学療法士としての立ち位置、職種を超えた病院経営を考える立ち位置、その双方を行ったり来たりしながら、患者中心の医療を提供するための最良の立ち位置を、豊田さんは今日も探り続けています。
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