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2008年10月24日

“できる医療”よりも、“しなければならない医療”を

岡山済生会総合病院●平松信 副院長



今回は、9月30日に福岡で開催された「医療の質と経営の質」セミナーの演者のお一人、岡山済生会病院副院長の平松先生にインタビューをさせていただきました。腹膜透析の第一人者のお一人である平松先生は、誰に対しても「ありがとう」の言葉を忘れない、物腰の柔らかい、非常に素敵な先生でした。

――先生は、なぜ医師を志したのですか?

もともとは漫画家志望でした。それが建築家に変わって、その後、医師をめざしたのです。中学時代は漫画ばかり描いていましたが、高校になって自分の才能ではプロにはなれないなと悟り、建築家に変えました。 それが、高校3年生に上がるときに病院で見かけた光景が忘れられなくて、急遽、親にも内緒で医学部に希望しました。ある日、済生会病院の待ち合いにいたら、看護学生さんが赤ちゃんを抱いていたのです。なぜ、心変わりしたのかわかりませんが、一枚の絵に魅せられたかのように、その瞬間から医療の道へ進む決心をしたのです。なんとなく、いいなと思ったのがきっかけです。

――そして現在は、岡山済生会総合病院で腎臓病センターのセンター長をされています。

今の病院に赴任したのは22年前のことです。その当時、当院では、近隣に透析専門の施設があったため、積極的に透析治療を行っていませんでした。維持透析は専門の施設に任せ、市内の他の総合病院と同じく導入期の透析のみを行うというのが病院の方針でした。ところが、総合病院に来院される患者さんは重症の方が多いですし、専門施設で透析を受けている患者さんの中には、合併症を持つ高齢者や重症の患者さん、また総合病院で手術を受けなければならない患者さんが多くおられました。そのような患者さんを診ていると、総合病院としてやるべき医療があるのではないかと思い始めました。「できることよりも、しなければいけない医療を」を合い言葉にスタッフとともに積極的に腹膜透析を始めたことから、後の腎臓病センター(平成5年開設)の礎ができたのです。 透析は人生の最後まで続けるものですから、腎臓病の生涯医療です。しだいに腎機能低下が進んで腎不全期になれば、加齢とともに合併症が多くなりますので、腎臓病のみでなく全人的に診る必要があります。生涯医療と全人的医療、これは大変なことですので、自分一人ではなくチーム医療が重要になってきます。生涯医療、全人医療、それを支えるチーム医療の実践が腎臓病センターのモットーです。

――先生のところの腎臓病センターでは、透析のなかでも、腹膜透析を行っている患者さんの割合が高いと聞きました。一般的には血液透析が96%程度と圧倒的に多く、腹膜透析は4%程度だそうですが、先生のところでは3、4割にも達するそうですね。

私の担当した患者さんに限れば5割くらいの割合だと思います。日本は、血液透析にしても、腹膜透析にしても、世界に誇る水準であることは間違いありませんが、血液透析が先に普及したため、透析の代名詞のようになっています。透析と言えば血液透析と考えられている現状です。「透析が必要です」と告げられれば、患者さんはやはり大きなショックを受けます。精神的に落ち込んでいる時に、自分で管理しなければいけない腹膜透析と、施設でしてもらう血液透析の違いは、透析療法の内容とは別に大きな差となって患者さんの治療法の選択に影響してきます。透析をどうしてもしないといけないのなら、医療スタッフに“してもらう医療“である血液透析を選択する人が多いのです。海外では、血液透析でも在宅からはじめることを推奨している国もあります。 一般に、血液透析では比較的早期に尿が出なくなってしまうため、食事制限、水分管理が厳しくなりますが、腹膜透析の場合は尿が出る期間が長く保たれることや、持続的な透析療法であることから、食事や水分の制限が緩やかで、生活の自由度が高いと言われています。一方、血液透析は週3回4~5時間、間欠的な透析を行うため、透析前後の体内成分(水分や老廃物)の変動が大きく、血圧の変動も起こりやすいため高齢者などでは心・循環器系に負担がかかってきます。そういった説明を患者さんにすると、腹膜透析から始めて、尿が出なくなった時や、腹膜の機能が落ちた時に血液透析に移行しようという方が増えています。この考え方は、世界的にも推奨されていることです。

――腹膜透析は、自己管理が必要なものの、体への負担の少ない医療なのですね。経営面ではいかがでしょうか。

腹膜透析の在宅の医学管理料は、血液透析の収益性と比べたら低いものの、われわれにしてみれば十分に高いのです(参照)。そもそも血液透析とは比べるものでないと考えています。なぜならば、腎臓外来では保存期腎不全期から透析にならないように患者さんと一緒になって努力しています。その際の病院における再診料は60点です。しかし、腹膜透析の場合は、頻回指導管理を行った場合は、月に2回まで2000点が算定できます。これは、ある意味では非常に恵まれた診療報酬と考えられます。血液透析をする前に行う医療であるという考えであれば、高齢者や糖尿病など頻回に受診が必要な患者さんの腹膜透析は、十分に病院の経営に貢献していると思います。 また、単に透析を行えばよいのではなく、より高いQOLを目指すことが重要ですので、患者さんがご自分に最も適した透析療法から選択することを勧めることが大切です。

■表 在宅自己腹膜灌流指導管理料3,800点 注在宅自己連続携行式腹膜灌流を行っている入院中の患者以外の患者に対して、在宅自己連続携行式腹膜灌流に関する指導管理を行った場合に算定するものとし、頻回に指導管理を行う必要がある場合は、同一月内の2回目以降1回につき2,000点を月2回に限り算定する。

人工腎臓(1日につき) 1 入院中の患者以外の患者に対して行った場合(別に厚生労働大臣が定める場合を除く。) イ4時間未満の場合2,117点 ロ4時間以上5時間未満の場合2,267点 ハ5時間以上の場合2,397点 2 その他の場合1,590点


在宅医療の良い点は、行っている医療内容を患者さんもご家族も実際に自分で理解しているので、医療に対する信頼性が高くなることです。高齢患者さんが腹膜透析を受け入れてくださっていることから、スタッフは高齢患者さんへの指導が少々大変でもやりがいを感じています。患者さんが亡くなった後でも、ご家族からは「これ(腹膜透析)をして良かったです」と言ってくださることがあります。ご本人もサポートしたご家族も、そして支援をしたスタッフも互いに信頼感で結ばれて、共に頑張ってきたことを知っているからこそ、「良かった」といっていただけるのだと思います。  高齢者にやさしい腹膜透析は、人生の最後まで継続可能な透析療法であり、“老いとはかならずしもデメリットではない”ことを教えてくれる療法です。さらなる高齢社会に向けて、高齢者が安心して在宅医療である腹膜透析を選べるための環境づくりが望まれます。

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広報部
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事例やコラム、お役立ち資料などのウェブコンテンツのほか、チラシやパンフレットなどを作成。一般紙や専門誌への寄稿、プレスリリース配信、メディア対応、各種イベント運営などを担当する。